WP A Research | 先行研究モジュール M-2

複雑な N 対 N のマッチングを、どう解くか

WP A 研究ペーパーの先行研究 第二モジュール。多数の働く人と多数の案件を、多次元の条件で組み合わせる ── これは人手に負えない N 対 N の問題である。学術はそれが設計できると示し、金融の実務は現に解いてきた。中立的な人材マッチングは、その N 対 N マッチングのロジックを取り入れる。ただし、労働には金融になかったもう一段の難所がある。

先行研究 M-2『複雑な N 対 N を、どう解くか』表紙

1問題提起 ── 誰と誰を、どう組み合わせるのか

前のモジュールで、中立的な人材マッチングが「あいだに立つ仕組み」の系譜のどこに位置するか ── エスクロー的な中立を取り入れ、novation の手前で止まる ── を定めた。だが、中立に立つことは出発点にすぎない。あいだに中立な第三者がいても、誰と誰をどう組み合わせるかが拙ければ、市場は動かない。

そして、この「組み合わせ」は、見かけよりはるかに難しい。働く人の側には、分解された無数のスキル・経験・稼働の条件があり、企業の側には、案件ごとに異なる要件・予算・期間・制約がある。一人の専門家を一つの案件に当てるだけなら、人の目でも何とかなる。だが、多数の働く人と、多数の案件を、互いの多次元の条件をすべて見比べて、最も良い組み合わせへ導く ── これは N 対 N の、高次元の問題である。

問いはこうなる。この複雑な N 対 N のマッチングは、そもそも解けるのか。解けるとして、誰が、どうやって解くのか。

2人間の限界 ── 多次元の N 対 N は、人の手に負えない

結論から言えば、人の手には負えない。その難しさは、規模を具体に置くと見える。

金融市場には、これとよく似た問題がある。世界の機関投資家 ── 年金、財団、ファンド・オブ・ファンズ ── は、それぞれにリスクの許容度、投じられる金額、資産の種類(債券・株式・クレジット・オルタナティブ)ごとの配分、戦略の好み、地域の制約という、多次元のマンデートを持つ。これを、世界中に存在する数千ものファンドと突き合わせる。投資家は数百、ファンドは数千、業界全体の運用資産はおよそ五兆ドルにのぼる1

労働市場 金融市場(似た構造) 多数の働く人 × 多数の案件 × 多次元の条件(スキル・実績・稼働・予算…) 数百の投資家 × 数千のファンド × 多次元のマンデート (資産クラス・戦略・地域・リスク許容…) 運用資産 約 5 兆ドル どの条件がどの相手と噛み合うか ── 全数照合は人の認知をはるかに超える=人手の限界
組み合わせの数が人の認知の限界を超える点で、労働市場の N 対 N は金融市場のそれと構造を同じくする。多数 × 多数 × 多次元の条件 ── ここにマッチングの本当の難所がある。

このとき、どの投資家のどのマンデートが、どのファンドのどの戦略と噛み合うかを、すべて人の頭で全数照合することは、事実上不可能である。組み合わせの数が、人の認知の限界をはるかに超えるからである。労働市場の N 対 N も、構造はこれと同じである。

3学術 ── マッチングは、設計できる

人の手に負えないからといって、解けないわけではない。マッチングは設計できるということを、半世紀以上の蓄積を持つ学問が示してきた。市場設計(market design)である。

半世紀以上前、数学者たちは、二つの集団のあいだに、誰も外で抜け駆けする動機を持たない組み合わせ ── 安定したマッチング ── が理論上かならず存在し、受入保留(deferred acceptance)と呼ばれる手続きで到達できることを証明した2。この手続きには、もう一つ重要な含意がある。多くの場合、申し込む側は本当の希望を正直に申告することが最善になる ── 駆け引きで順序を偽る得がない。中立な第三者が希望を集約してこの手続きを回すとき、参加者は戦略を弄するより正直であるほうが報われる。

理論はその後、現実の市場がなぜ働かないのかを、三つの条件に整理した3。十分な厚み、輻輳のなさ、安全である。さらに理論は、分析の単位を「人の組」から「契約」へと広げ、報酬・職責・稼働条件を含んだ組み合わせを、条件込みで導けるようにした4

市場が働く三条件 専門職市場で欠けているもの 厚み 同じ場に十分集まる 人脈・独自ルートで場の外で取引し、 確かめ合う相手が集まらない 輻輳のなさ 比較検討の余地がある 採否が数日で迫られ、十分に 比較する前に決めざるをえない 安全 正直が損にならない 正直な参加が報われず、駆け引きや 早すぎる抜け駆けに追われる
市場が働く三条件は、専門職の副業・業務委託市場が慢性的に欠いているものをそのまま言い当てている。市場設計とは、これらを場の設計によって整える営みである。
確信度:高(理論はいずれも一次・査読)。ただし、安定マッチングの定理が決定論的な解を約束するのは、希望が集約され中央が割り当てを決める前提が満たされるときである。任意参加の市場でどこまで効くかは §6 で線を引く。

4実証 ── 設計は現実に働き、「誰と誰が組むか」が結果を決める

理論が現実で働くことの証拠は、実装されて機能していることである。医師臨床研修のマッチングは、二〇〇三年から、研修医と病院を中央で組み合わせる仕組みとして運用され、近年は千を超える病院と約一万人の研修医がこれを通っている5。受入保留の手続きが、公的な領域で現に市場を働かせてきた。

さらに、マッチングは「成立するか」だけでなく、「誰と誰が組むか」そのものが結果を左右する。これを示したのが、金融の実証研究である。ベンチャー投資家と企業のマッチングを両側マッチング(two-sided matching)として構造推定した研究は、優れた投資家が関わった企業の高い成功率を、「影響(influence)」と「選別(sorting)」に分解し、選別 ── 誰と誰が組むか ── の効果が、影響のおよそ二倍であることを見出した6。組み合わせの構造そのものが、結果を決めるのである。

確信度:高(いずれも一次・査読)。ただし、この実証はベンチャー投資のマッチングであり、後述するキャピタル・イントロダクション(ファンドの紹介)とは厳密には別物である(ベンチャー投資には経営関与があり、紹介は引き合わせに留まる)。したがってこの研究が裏づけるのは、「金融において、マッチングの構造が結果を決める」という一般原理であって、特定のサービスの実証ではない。

5実務ケース ── 金融は、この N 対 N を解いてきた

学術が「マッチングは設計できる」と示す一方で、金融の実務は、まさにあの多次元 N 対 N を、稼働するシステムとして解いてきた。その代表が、キャピタル・イントロダクション(capital introduction)である。

これは、機関投資家とファンドを引き合わせる仕組みで、一九九〇年代後半に確立し、いまでは世界の主要な金融機関が手がけている7。投資家の多次元のマンデートと、数千のファンドの戦略・実績・条件を突き合わせ、噛み合う相手を見つけ出す。前節で見た、人手では全数照合が不可能なあの問題を、データと計算によってシステム化したものである。

ここで二つ、はっきりさせておく。第一に、本稿が引くのは、この仕組みの背後にある N 対 N マッチングのロジック ── 多次元の条件を人手でなくシステムで突き合わせ、引き合わせ(紹介)に留めるという問題の解き方 ── であって、それを提供する金融サービスそのものではない。各金融機関の実装は公開されておらず、特定の手法を取り出して複製するという話ではない。借りるのは、問題の定式化である。第二に、この仕組みは、紹介に留まり、投資の判断は投資家が単独で下す。中央が集権的に割り当てるのではない。この「引き合わせに留める」という性格が、次に見る中立的な人材マッチングの構えと、正面から重なる。

確信度:中〜高(キャピタル・イントロダクションの素性・規模感は公開された業界資料に拠る)。ただし、これを正面から扱った査読研究は薄く、学術的な裏づけは §3-4 の両側マッチング理論とその金融応用からの接地である。実装の中身は各社非公開であり、本稿はあくまで問題の解き方を参照する。利益相反や規制上の位置づけはこの金融サービスの性質であって、本稿が借りるロジックとは別であり、中立的な人材マッチングには持ち込まない(中立性は M-1 で独立に立つ)。

6移植 ── 金融のマッチングを労働市場へ。ただし、もう一段の難所がある

中立的な人材マッチングは、この N 対 N マッチングのロジックを、労働市場へ取り入れる。多数の働く人と多数の案件を、多次元の条件で突き合わせ、最も良い組み合わせを ── 強制の割り当てではなく ── 可視化し、推奨する。キャピタル・イントロダクションが引き合わせに留まるのと同じく、中立的な人材マッチングも当事者にならず、組み合わせを決めるのは参加者である。前節で見た「紹介に留める」という性格が、ここで効いている。

その突き合わせは、人の感覚で決まらない。同じ入力なら必ず同じ結果になる決定論的な手続きが、二段で働く。はじめに、組み合わせとして成り立たない相手をふるい落とす ── 競業が時間的に重なる、稼働の形態が両立しない、必要な領域に一つも触れない、といった場合である。つぎに、残った相手のあいだで、スキルを主軸に適合を測る ── 完全に一致するスキルだけでなく、近い代替や隣接する領域までを、後述の分解で得たスキルの対応関係を使って突き合わせ、そこに案件のスタイル、稼働の条件、双方向の信用などを重ねる。そして、適合度とその透明な内訳を示して、推奨する。割り当てを下すのではない。

働く人 分解スキル・実績・稼働の条件 案件 要件・予算・期間・制約 ① ハードフィルタ 競業の重複・稼働の不成立・領域違いを除外 ② スキルを主軸とする適合の計算 完全一致・近い代替・隣接領域を、AI が生成したスキル対応〔M-2b〕で突き合わせ、 案件スタイル・稼働条件・双方向の信用を重ねる 適合度 + 透明な内訳(どの要素がどれだけ寄与したか) 可視化・推奨(強制割り当てしない = 型 b)
中立的な人材マッチングの、決定論的な突き合わせの流れ。二段(ハードフィルタ → スキル支配の適合計算)を経て、適合度とその透明な内訳を示し、割り当てではなく可視化と推奨に留める。スキルの対応関係は、次のモジュール(M-2b)で得る。図は流れの原理を示し、具体的な重みには立ち入らない。

だが、労働市場には、金融になかったもう一段の難所がある。金融のパラメータ ── 資産の種類、地域、戦略 ── は、はじめから形式知として整理されている。だから金融は、マッチングの問題だけを解けばよかった。ところが、人のスキルは暗黙知である。何ができるのかが、本人にさえ言葉になっていないことが多い。だから労働市場では、突き合わせる前に、まず人を計算可能な形に分解するという問題が、上乗せされる。

この分解こそが、長く労働市場のマッチングを阻んできた本当の壁であり、近年ようやく機械が扱えるようになった領域である ── 最先端は、ここにある。その詳細は次のモジュール(M-2b マッピングの論理)に譲る。本モジュールで押さえるべきは、中立的な人材マッチングが、金融が解いた N 対 N マッチングのロジック(本モジュール)と、労働に固有の暗黙知の分解(M-2b)を、二段で組み合わせるということである。

金融 パラメータ=形式知 マッチングの問題 = マッチングだけ 労働 スキル=暗黙知 分解の問題 M-2b(労働で新たに解く) マッチングの問題 M-2(金融から取り入れる) 中立的な人材マッチング = マッチングのロジック(M-2)+ 暗黙知の分解(M-2b)の二段
金融はパラメータが形式知ゆえ「マッチングの問題」だけを解けばよかった。労働はスキルが暗黙知ゆえ「分解の問題」が上乗せされ、その上に「マッチングの問題」が乗る。最先端は、この分解(M-2b)にある。
何を取り入れ、何を保証と呼べないか。取り入れるのは、N 対 N マッチングを人手でなくシステムで解くという問題の解き方と、それを引き合わせに留めるという構えである。留保が三つある。第一に、安定マッチングの定理が決定論的な解を約束するのは集権的な割り当ての前提のもとであり、任意参加の労働市場では、理論は達成の保証でなく、目指すべき状態の参照枠として効く。第二に、金融のロジックを労働へ写すとき、性質のちがいを混同してはならない ── ファンドは組織で人は個人、資本の投下は一方向だが役務の提供は双方向の継続的な関係(両側マッチングはむしろ労働でより本質的になる)、市場の規模の桁も大きく異なり、金融の引き合わせは限られた参加者の閉じた市場だが労働は広く開かれる(公平性の論点が労働でははるかに重い)。ロジックを借り、固有性は労働側で設計し直す。第三に、任意参加で十分な厚みをどう作るかは、マッチングの精度とは別の難所として残り、堀の設計(§4)で扱う。

7接続予告

本モジュールは、複雑な N 対 N のマッチングをどう解くかという問題を立て、それが人手に負えないこと、学術が設計できると示し、金融の実務が現に解いてきたことを確かめ、中立的な人材マッチングがその N 対 N マッチングのロジックを取り入れることを位置づけた。だが、その取り入れには、労働に固有の前提が残っている。突き合わせる前に、暗黙知であるスキルを、どう計算可能な形に分解するのか。次のモジュール(M-2b マッピングの論理)は、この分解 ── 長く労働市場のマッチングを阻んできた本当の律速 ── を扱う。

参考文献・出典

全主張に一次資料・学術/公的出典を付す。=一次・査読/公式。=確信度中。=先行研究モジュール参照。

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