WP A 研究ペーパーの先行研究 第二モジュール。多数の働く人と多数の案件を、多次元の条件で組み合わせる ── これは人手に負えない N 対 N の問題である。学術はそれが設計できると示し、金融の実務は現に解いてきた。中立的な人材マッチングは、その N 対 N マッチングのロジックを取り入れる。ただし、労働には金融になかったもう一段の難所がある。
前のモジュールで、中立的な人材マッチングが「あいだに立つ仕組み」の系譜のどこに位置するか ── エスクロー的な中立を取り入れ、novation の手前で止まる ── を定めた※。だが、中立に立つことは出発点にすぎない。あいだに中立な第三者がいても、誰と誰をどう組み合わせるかが拙ければ、市場は動かない。
そして、この「組み合わせ」は、見かけよりはるかに難しい。働く人の側には、分解された無数のスキル・経験・稼働の条件があり、企業の側には、案件ごとに異なる要件・予算・期間・制約がある。一人の専門家を一つの案件に当てるだけなら、人の目でも何とかなる。だが、多数の働く人と、多数の案件を、互いの多次元の条件をすべて見比べて、最も良い組み合わせへ導く ── これは N 対 N の、高次元の問題である。
問いはこうなる。この複雑な N 対 N のマッチングは、そもそも解けるのか。解けるとして、誰が、どうやって解くのか。
結論から言えば、人の手には負えない。その難しさは、規模を具体に置くと見える。
金融市場には、これとよく似た問題がある。世界の機関投資家 ── 年金、財団、ファンド・オブ・ファンズ ── は、それぞれにリスクの許容度、投じられる金額、資産の種類(債券・株式・クレジット・オルタナティブ)ごとの配分、戦略の好み、地域の制約という、多次元のマンデートを持つ。これを、世界中に存在する数千ものファンドと突き合わせる。投資家は数百、ファンドは数千、業界全体の運用資産はおよそ五兆ドルにのぼる1。
このとき、どの投資家のどのマンデートが、どのファンドのどの戦略と噛み合うかを、すべて人の頭で全数照合することは、事実上不可能である。組み合わせの数が、人の認知の限界をはるかに超えるからである。労働市場の N 対 N も、構造はこれと同じである。
人の手に負えないからといって、解けないわけではない。マッチングは設計できるということを、半世紀以上の蓄積を持つ学問が示してきた。市場設計(market design)である。
半世紀以上前、数学者たちは、二つの集団のあいだに、誰も外で抜け駆けする動機を持たない組み合わせ ── 安定したマッチング ── が理論上かならず存在し、受入保留(deferred acceptance)と呼ばれる手続きで到達できることを証明した2。この手続きには、もう一つ重要な含意がある。多くの場合、申し込む側は本当の希望を正直に申告することが最善になる ── 駆け引きで順序を偽る得がない。中立な第三者が希望を集約してこの手続きを回すとき、参加者は戦略を弄するより正直であるほうが報われる。
理論はその後、現実の市場がなぜ働かないのかを、三つの条件に整理した3。十分な厚み、輻輳のなさ、安全である。さらに理論は、分析の単位を「人の組」から「契約」へと広げ、報酬・職責・稼働条件を含んだ組み合わせを、条件込みで導けるようにした4。
理論が現実で働くことの証拠は、実装されて機能していることである。医師臨床研修のマッチングは、二〇〇三年から、研修医と病院を中央で組み合わせる仕組みとして運用され、近年は千を超える病院と約一万人の研修医がこれを通っている5。受入保留の手続きが、公的な領域で現に市場を働かせてきた。
さらに、マッチングは「成立するか」だけでなく、「誰と誰が組むか」そのものが結果を左右する。これを示したのが、金融の実証研究である。ベンチャー投資家と企業のマッチングを両側マッチング(two-sided matching)として構造推定した研究は、優れた投資家が関わった企業の高い成功率を、「影響(influence)」と「選別(sorting)」に分解し、選別 ── 誰と誰が組むか ── の効果が、影響のおよそ二倍であることを見出した6。組み合わせの構造そのものが、結果を決めるのである。
学術が「マッチングは設計できる」と示す一方で、金融の実務は、まさにあの多次元 N 対 N を、稼働するシステムとして解いてきた。その代表が、キャピタル・イントロダクション(capital introduction)である。
これは、機関投資家とファンドを引き合わせる仕組みで、一九九〇年代後半に確立し、いまでは世界の主要な金融機関が手がけている7。投資家の多次元のマンデートと、数千のファンドの戦略・実績・条件を突き合わせ、噛み合う相手を見つけ出す。前節で見た、人手では全数照合が不可能なあの問題を、データと計算によってシステム化したものである。
ここで二つ、はっきりさせておく。第一に、本稿が引くのは、この仕組みの背後にある N 対 N マッチングのロジック ── 多次元の条件を人手でなくシステムで突き合わせ、引き合わせ(紹介)に留めるという問題の解き方 ── であって、それを提供する金融サービスそのものではない。各金融機関の実装は公開されておらず、特定の手法を取り出して複製するという話ではない。借りるのは、問題の定式化である。第二に、この仕組みは、紹介に留まり、投資の判断は投資家が単独で下す。中央が集権的に割り当てるのではない。この「引き合わせに留める」という性格が、次に見る中立的な人材マッチングの構えと、正面から重なる。
中立的な人材マッチングは、この N 対 N マッチングのロジックを、労働市場へ取り入れる。多数の働く人と多数の案件を、多次元の条件で突き合わせ、最も良い組み合わせを ── 強制の割り当てではなく ── 可視化し、推奨する。キャピタル・イントロダクションが引き合わせに留まるのと同じく、中立的な人材マッチングも当事者にならず、組み合わせを決めるのは参加者である※。前節で見た「紹介に留める」という性格が、ここで効いている。
その突き合わせは、人の感覚で決まらない。同じ入力なら必ず同じ結果になる決定論的な手続きが、二段で働く。はじめに、組み合わせとして成り立たない相手をふるい落とす ── 競業が時間的に重なる、稼働の形態が両立しない、必要な領域に一つも触れない、といった場合である。つぎに、残った相手のあいだで、スキルを主軸に適合を測る ── 完全に一致するスキルだけでなく、近い代替や隣接する領域までを、後述の分解で得たスキルの対応関係※を使って突き合わせ、そこに案件のスタイル、稼働の条件、双方向の信用などを重ねる。そして、適合度とその透明な内訳を示して、推奨する。割り当てを下すのではない。
だが、労働市場には、金融になかったもう一段の難所がある。金融のパラメータ ── 資産の種類、地域、戦略 ── は、はじめから形式知として整理されている。だから金融は、マッチングの問題だけを解けばよかった。ところが、人のスキルは暗黙知である。何ができるのかが、本人にさえ言葉になっていないことが多い。だから労働市場では、突き合わせる前に、まず人を計算可能な形に分解するという問題が、上乗せされる。
この分解こそが、長く労働市場のマッチングを阻んできた本当の壁であり、近年ようやく機械が扱えるようになった領域である ── 最先端は、ここにある。その詳細は次のモジュール(M-2b マッピングの論理)に譲る。本モジュールで押さえるべきは、中立的な人材マッチングが、金融が解いた N 対 N マッチングのロジック(本モジュール)と、労働に固有の暗黙知の分解(M-2b)を、二段で組み合わせるということである。
本モジュールは、複雑な N 対 N のマッチングをどう解くかという問題を立て、それが人手に負えないこと、学術が設計できると示し、金融の実務が現に解いてきたことを確かめ、中立的な人材マッチングがその N 対 N マッチングのロジックを取り入れることを位置づけた。だが、その取り入れには、労働に固有の前提が残っている。突き合わせる前に、暗黙知であるスキルを、どう計算可能な形に分解するのか。次のモジュール(M-2b マッピングの論理)は、この分解 ── 長く労働市場のマッチングを阻んできた本当の律速 ── を扱う。
全主張に一次資料・学術/公的出典を付す。確=一次・査読/公式。中=確信度中。※=先行研究モジュール参照。