連載「手放さずに、増やす ── 人生100年時代、大企業人材の選択肢」。第3回は、一度足元から目を上げて、全体を見渡す。役職定年も、動けなさも、値段の見えなさも——これらは別々の不運ではなく、戦後日本がつくった一つの雇用の仕組みから同じ根で生えている。その因果の連鎖を、一枚の地図にする。診断の回。処方箋はまだ出さない。
前々回は、メガバンクを例に「囚われ」の構造を見た。最高値の時期に自分の値段を測る機会がなく、外に出れば損をする設計に囲まれて、動かないことが最も理にかなう——役職定年と、それに続く転籍や給与の目減りという、後払いの約束の回収局面だった。前回は、その囚われの中にいる人が、なぜ動きたくても動けないのか、その機序を掘った。三つの摩擦が重なり、いちばん奥には「自分のスキルが外でいくらなのか、本人自身に見えない」という情報の壁があった。
ここまでは、いわば一人の人間の足元を、地面から見上げるように見てきた。今回は一度、その足元から目を上げて、全体を見渡したい。
なぜなら、役職定年も、転籍も、動けなさも、自分の値段が見えないことも——これらは、それぞれが別々に起きている別々の不運ではないからだ。すべては、戦後の日本がつくり上げた一つの雇用の仕組みから、同じ根で生えている。一本の木の、別々の枝にすぎない。その木の幹がどこにあり、どの枝とどの枝がどうつながっているのか。それを一枚の地図にするのが、今回の仕事だ。
これは診断であって、まだ処方箋ではない。どこをどう治すかは、この連載の後半で考える。今回は、病巣がどこにあり、どういう順序で広がってきたのかを、できるだけ正確に描く。地図がなければ、どこに手を入れればいいかも分からないからだ。
地図の出発点は、1990年代の初めにある。
1990年に株価が暴落し、翌1991年から地価が下がりはじめた。バブルの崩壊だ。企業の収益が一気に悪化し、まず削られたのが新卒の採用だった。就職をめぐる空気が決定的に変わったのは、1993年だとされる1。ここから先、十年以上にわたって、若者が社会に出る入口は狭く閉じたままになる。
だが、ここで取り違えてはいけないことがある。日本型雇用——終身雇用、年功賃金、新卒一括採用——という仕組みそのものは、最初から欠陥品だったわけではない。むしろ逆だ。高度成長の時代、右肩上がりに経済が伸びていく前提のもとでは、この仕組みは見事に噛み合っていた。長く勤めるほど報われる約束があるから、働く側は安心して、その会社でしか通じない技能にも腰を据えて投資できた。労働経済学者の小池和男は、日本の職場が長い現場経験を通じて、品質の異常や生産の変化に自分で対処できる「知的熟練」を育ててきたことを、高度成長期の生産性を支えた強みとして論じている20。会社の側も、育てた人材が辞めない前提があってはじめて、長期の技能形成に金をかけられた。新卒を一括で採る方式は、景気の良い時期には、若者に安定した雇用をまとめて供給する装置として働いた。実際、後の話になるが、リーマンショックの後でさえ、日本の失業率のピークは5.5%にとどまった。同じ時期にアメリカが10%まで上がったのと比べれば、この仕組みが景気後退の衝撃をどれだけ内側で吸収したかが分かる15。
問題は、仕組みが悪かったことではない。仕組みが前提としていた「右肩上がりの成長」が、バブル崩壊で消えたことだ。前提が消えても、仕組みだけは残った。そして同じ仕組みが、成長を前提にすれば長所だったものを、収縮を前提にすると短所へと、静かに反転させていった。
景気の良い時期には若者に安定を大量供給する装置が、景気が縮むと、卒業した年の景気で一生がほぼ決まってしまう、一種のルーレットに変わる。本人の能力でも努力でもなく、ただ「いつ社会に出たか」が、その後数十年を左右する。
一つのほころびは、そこで止まらなかった。いくつもの仕組みを順に巻き込みながら、連鎖していった。
連鎖がまず巻き込んだのは、世代の固定化だった。1993年から2005年ごろにかけて社会に出た、いわゆる就職氷河期世代は、総数で1,700万人を超える。卒業期に正社員の口が極端に少なかったため、多くが不本意なまま非正規で働きはじめた2。問題は、その入口が出口を持たなかったことだ。日本では、一度非正規に入ると正規に戻る障壁が高い。だから、外からの景気ショックで非正規に入った人たちが、そのまま固定された。氷河期世代の中心層は、2018年時点で35〜44歳のおよそ1,689万人とされ、その中に、いまなお正社員になれないままの人が大量に残っている2。当時の数字を一つ挙げれば、有効求人倍率は2000年に0.59、大卒の求人倍率は同じ年に0.99と、戦後はじめて1倍を割り込んだ3。入口がどれだけ狭かったかが分かる。
連鎖は次に、非正規という受け皿を制度の側が広げる方向へ進んだ。本来、他人を雇って別の会社に送り込み、その差額で稼ぐ「労働者供給」は、中間搾取につながるとして職業安定法の44条が原則として禁じてきた。ところが、労働者派遣法が「派遣元が雇用主になる」という形をとることで、これを例外として適法化していく。1999年の改正で、派遣できる仕事は原則自由化され、禁じられたのは建設・港湾・警備・医療・士業・製造の六分野だけになった。2004年には、その製造業も解禁された4。企業は、需要の変動を非正規という緩衝材で吸収できるようになった。派遣労働者の数は、2000年度のおよそ139万人から、製造業解禁を経て2008年度には399万人へと膨らんだ(これは事業報告に基づく登録者を含む数で、実際に働いていた人数ベースの統計とは計数の定義が違う点には注意がいる)5。
こうして「狭い入口」と「広がる非正規」が重なった結果、労働市場は、正規と非正規という二つの層にくっきりと分かれていった。その分かれ目が、どれだけ深く、どれだけ固定的になったかは、一本の線で見るのがいちばん早い。
いまや雇用者のおよそ36.8%、3人に1人以上が非正規で働く6。正規雇用者の月収が平均で34.9万円なのに対し、非正規は23.3万円。月で11.6万円、賞与まで含めれば年で200万円を超える差がある7。2020年に「同一労働同一賃金」のルールが入り、通勤手当などの手当の格差はいくらか是正されたが、基本給や賞与の格差は、いまも構造として残っている16。そして2008年のリーマンショックでは、その溝の弱い側に立たされていた人たちが真っ先に切られた。製造業を中心に、厚生労働省の推計で15.5万人が職を失った5。
ここまでで、地図の上半分が描けた。一つのほころび(起点)が、世代の固定を生み、それが非正規の制度的拡大を呼び、二重の労働市場として固定された。連鎖は、ここからさらに、正社員の側へと折り返していく。
連鎖は、ここから正社員の側へと折り返す。その動かなさだ。
これは、前々回と前回でくわしく掘った主題なので、ここでは地図の一つのリンクとして置くにとどめる。強い解雇規制と、年功賃金という後払いの既得権。この二つが重なって、能力のある人材が適した場所へ移っていく流れを止めてしまう。45〜54歳の男性が実際に転職する割合はおよそ2%、転職したいと答えた人の87%は1年経っても動かない。平均勤続年数は12.4年で、アメリカの中央値3.9年と並べると桁が違って見える(日本は平均、アメリカは中央値で物差しが違う点は前回断ったとおりだが、それを差し引いても差は残る)8。正社員はその場にしがみつき、非正規はそこへ上がれない。市場全体が、上にも横にも動かなくなる。
そして、もう一段奥に、いちばん見えにくいリンクがある。この膠着した市場の上に、皆が少しずつ苦しい、という均衡が乗っていることだ。
日本では、働く人が生み出す価値が増えても、それが賃金に回らなくなった。労働生産性が1%上がったとき、賃金はおよそ0.4%しか増えない。アメリカの1.0%と比べると、半分にも満たない。生産性と賃金が——どちらも名目の値で——どれだけ一緒に動くかを示す相関は、1970年から1994年まではほぼ完全に連動していた(0.99)のが、1995年から2021年にかけて0.36まで崩れた9。では、生産性が生んだ果実は、どこへ行ったのか。
一つは、企業の内部留保だ。法人企業がため込んだ利益剰余金は、2024年度に637兆円と、13年連続で過去最高を更新している10。もう一つは、株主への還元だ。大企業が生んだ付加価値のうち働く人に分配される割合(労働分配率)は、2000年度の60.9%から、2019年度には54.9%へと下がった11。その結果、日本の実質賃金は1997年のピークをいまだ下回り、2001年から2020年にかけての実質賃金の伸びは、主要先進国(G7)の中で最下位に沈んでいる12。
この均衡は、誰か特定の悪人がつくったものではない。経営者も、正社員も、氷河期世代も、それぞれが自分の置かれた位置で、それぞれに理にかなった選択をした。にもかかわらず、それらを足し合わせた全体は、「皆が少しずつ苦しい」場所に落ち着いた。だからこそ、30年も動かない。誰かを名指しして責めれば済む問題なら、とうに解決していたはずだ。
ここで、公平のために、この見方への最も強い反論を、自分で置いておきたい。賃金が上がらないのは分配の問題ではなく、そもそも日本の生産性自体が伸びなかったからだ、という見方がある21。これは一面の真実だ。だが、生産性が伸びなかったことと、伸びた分が賃金に回らなかったことは、両立する。むしろこの二つは、絡み合っている。そして、その「生産性がなぜ伸びないのか」という問いの奥にも、日本型雇用に根ざした二つの事情が横たわっている。地図のこのリンク(賃下げ均衡)の裏側を、もう一段だけ覗いておきたい。
一つめは、企業が人を育てなくなったことだ。
かつての日本企業は、人に投資することを惜しまなかった。手厚い社内研修があり、職場ぐるみの教育があり、社員旅行のような場まで含めて、人を育て、つなぎとめることに金をかけた。前章で見た「知的熟練」も、そうした投資の上に育ったものだ。ところが、長く続いたコスト削減の中で、その多くが削られていった。企業が従業員の能力開発(社内外の研修など)にかける費用は、国内総生産(GDP)に対する割合で見ると、日本は1990年代後半の0.41%から、2010年代前半には0.10%へと、四分の一以下に縮んだ22。
二つめは、口にしにくい話だが、終身雇用の裏側にある「辞めさせられない」という縛りだ。
ここは正確に言う必要がある。法律の条文だけを見れば、日本の解雇規制はむしろ緩いほうで、経済協力開発機構(OECD)が各国の法令を点数化した指標では、日本は加盟国の平均を下回る23。だが実際には、長年の裁判の積み重ね——たとえば整理解雇が認められるための厳しい条件——によって、正社員を辞めさせることは、現場感覚としてきわめて難しい。条文は緩く、運用は固い。このギャップが、日本の雇用の独特の手触りをつくっている。
この「辞めさせられなさ」が、生産性に逆向きの力を加える。考えてみれば奇妙なことが起きる。仕事の効率を上げて、同じ仕事に必要な人手が減ったとする。普通なら、それは良いことだ。だが、余った人を辞めさせられないなら、効率化は「余剰人員」という頭の痛い問題に変わってしまう。だから、生産性の低い仕事をあえて手元に残し、そこに人を割り当てる、という選択が合理的になってしまう。実際、事業に十分に活かされていない「社内失業」の状態にある人は、ある研究所の推計で、2015年に約400万人にのぼり、その10年前の約4倍に増えたとされる24。
これは机上の話ではない。あるとき、ある大手銀行の経営層から、こんな苦労を聞いたことがある。生産性を上げれば上げるほど人が余る。だが、その人たちを辞めさせることはできない。過去20年あまり、銀行はずっと人員を絞る方向にあり、その中でかつて採用した人たちを、ずっと雇い続けなければならなかった——と。この「過剰」の感覚は、データにもはっきり残っている。企業に人手が余っているか足りないかを尋ねる日本銀行の調査では、リーマンショックの後の数年(2009〜2012年ごろ)、企業は「人が余っている」と答えていた。それが2013年ごろを境に「足りない」へと反転し、いまでは深刻な人手不足になっている24。長い「過剰」の時代に抱え込んだ人を、企業はずっと内側で守り続けてきたのだ。
ここでも、犯人はいない。人を簡単に切らない、という日本の美点が、皮肉にも、生産性の低い仕事を温存させ、それがまた賃金の上がらなさに跳ね返る。良かれと思って作った仕組みが、めぐりめぐって別の場所で軋みを生む——日本型雇用の難しさは、いつもこの形をしている。これは、悪人のいない、構造の問題だ。
連鎖には、最後のリンクがある。
これだけ膠着し、これだけ情報が見えにくくなった市場は、ある人たちにとっては、むしろ稼ぎの場になる。あなたと仕事のあいだに立つ仲介者だ。労働者派遣は、派遣料金から賃金を引いた差額(マージン)を受け取る。その平均は、最新の公開データ(2023年度)で36.1%に達する13。人材紹介は、決まった人の理論年収のおよそ35%を成功報酬として受け取り、法的には50%まで設定できる14。
ここで効いてくるのが、前回いちばん奥で見た情報の壁だ。自分が外でいくらかを本人が知らない市場では、その情報を握る側が強くなる。仲介者は、ときに「雇用主」として、ときに「成功報酬を受け取る当事者」として、価格と情報の両方を手元に置く。中立な立場で「あなたの本当の値段はこれです」と教える者が、どこにもいない。だから価格が正しく発見されず、膠着がさらに固定される。膠着が仲介者の利益を生み、その利益が膠着を維持する——連鎖は、ここで輪を閉じる。
ただし、この仲介者たちの内側——誰が、どういうモデルで、どこから利益を得ているのか——を一つずつ解剖するのは、次回からの仕事だ。ここでは、連鎖の終端にこのリンクがある、と地図に書き込むだけにとどめる。
ここまでをひとつなぎにすると、七つのリンクからなる一本の連鎖が見えてくる。一つひとつは別々の問題に見えて、実際には前のリンクが次のリンクを呼び、互いを支え合っている。役職定年で給与が半減することも、動きたくても動けないことも、自分の値段が見えないことも、この一本の連鎖の、どこかのリンクの上で起きている。
念のために言い添えておく。この地図は、前のリンクが次のリンクを一直線に引き起こした、という単純な因果を主張するものではない。それぞれのリンクには、グローバル化も、長く続いたデフレも、産業のサービス化も、労働組合の弱まりも、複数の力が同時に効いている21。地図が描こうとしているのは、単一の犯人ではなく、それらの力が互いを強め合いながら、一つの抜け出しにくい均衡へと固まっていった、その経路の方だ。
最後に、一つの問いに答えておきたい。この仕組みは30年も続いてきた。なぜ、いまになって、あちこちで軋みはじめているのか。理由は、仕組みが前提にしていたものが、二重に崩れたからだ。
一つは、人口だ。働き手の中心である生産年齢人口(15〜64歳)は、1995年の約8,700万人をピークに、2024年には約7,400万人へと、30年でおよそ1,350万人も減った17。人手不足は、もはや一時の景気の話ではない。有効求人倍率は1倍を超えたまま高止まりし、人手が足りずに倒産する企業の数は、2025年度に440件を超えて過去最多を更新した18。非正規という緩衝材で需要の変動を吸収する、という従来のやり方は、そもそも吸収に回せる働き手そのものがいなくなって、回らなくなりつつある。企業は、これまで見向きもしなかった中高年にも、女性にも、人材を求めざるをえなくなっている。
もう一つは、時間だ。氷河期世代が、いよいよ老後の入口にさしかかりはじめた。同じ高卒の男性でも、バブル期に社会へ出た世代の正規雇用率が7割を超えるのに対し、氷河期の後半に出た世代は6割そこそこにとどまる19。非正規のまま年を重ねた人たちの蓄えの薄さは、これから社会保障の重い負担として表に出てくる。正直に書けば、この世代が将来どれだけ低年金や生活保護に追い込まれるかを正面から見積もった公式の試算は、まだ存在しない。だが、試算がないこと自体が、対策の空白を物語っている19。
そして肝心の「右肩上がりの成長」は、ついに戻らなかった。前提が戻らないまま、それを前提にした仕組みだけが残り、人口と時間に追い詰められている。だから、いま、一斉に軋む。
では、この絡み合った地図の、どこに手を入れればいいのか。連鎖の上流——新卒一括採用という入口や、解雇規制のあり方——は、社会の根幹に触れる話で、一朝一夕には動かせない。だが、連鎖の終端には、構造として手を入れる余地がある。仲介者が、当事者として情報を独占している、あの最後のリンクだ。ここに、当事者でない中立な第三者が立てるなら、価格が正しく発見されはじめ、輪を閉じていた連鎖に、一か所、隙間が空く。だから次回からは、その終端——胴元の側に分け入っていく。
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